特別リポート:凍てつく辺境の地、記者が旅した北朝鮮国境

Damir Sagolj
[12日 ロイター] - 高いビルの屋上に据えられた双眼鏡を覗くと、向こう側からゆっくりと2人の女性が橋を渡ってくるのが見える。サビの目立つ双眼鏡は軍用タイプで、まるで攻撃すべき標的を見ているように思えてくる。
ひどい寒さのため、写真を撮るためにそこにカメラのレンズを押し当てるのも一苦労だ。
ここは中国と北朝鮮の国境地帯だ。同僚のスーリン・ウォン記者との1週間に及ぶ取材旅行では、現地における極貧の日常生活から違法経済活動まで、これまで外国メディアが目撃していない場面を垣間見ることができた。
同じビルの屋上では、手をつないだ2人の観光客も女性たちを眺めていた。彼らは自撮り棒を取り出し、国境を背景に記念撮影をした。まもなく、あまりの寒さに観光をあきらめてしまったようだ。同僚記者と私は屋上に留まっていたが、やがてカメラを構える手がすっかり凍えてしまった。ようやく私たちも下に降りた。
あたりは、まもなく暗くなる。橋の向こうに見える明かりは、北朝鮮指導者たちの肖像を照らすライトだけだった。中国側の塔の下では、非常にリラックスした様子の国境警備兵が、ふざけながら互いをビデオカメラで撮影していた。橋を渡ってきた女性たちの跡を追うべきだったが、どちらに向かったのか分からなかった。私たちはその代わりに、この街で最高の焼肉レストランを探しに向かった。
国境地帯には馴染みがある。私は自分の人生のかなりの部分、そしてキャリアのほとんどを、国と国のあいだ、戦争と平和のあいだ、「私たちと彼ら」のあいだで過ごしてきた。
イランとアフガニスタンのあいだに横たわる砂漠や、旧ソ連内の大使館のゲート、血なまぐさいバルカン紛争における包囲された都市の最前線──。どの場所にも共通することがある。どちら側から見るかによって、まるで違う顔が見える、ということだ。
その極端な例が北朝鮮の国境だ。南北朝鮮を隔てる河川やフェンスの両側で、これほど生活が異なる状況は、世界のどこを探しても他にない。そう言えるのは、私が国境の両側から眺めた経験があるからだ。
記者にとって、最も興味深いのは中国の国境だ。
陸上にある韓国との国境は厳重に要塞化されて相互の往来ができず、せいぜい非武装地帯を隔てて遠望するか、無謀な兵士の脱走を期待するしかない。韓国と北朝鮮の領海を隔てる境界線には多くの軍艦が航行し、厳密に言えばまだ戦時状態にある両国が銃砲撃を交わすこともある。ロシアとの国境は最も距離が短く、まだ分からない点もある。私にとっては、訪れたい場所リストの上位にある。
これに対して、全長1420キロ(880マイル)に及ぶ中国の国境は、実に大きな試練となる。
多くの記者と同様、私もかつて中朝国境地帯を訪れ、あちこちで写真を撮影した。だが今回は、以前から望んでいた手法をとった。国境の南から北までをドライブしたのだ。8日間かけて運転するあいだ、何マイルにもわたって、何もなく、警備兵の姿もない場所が続いた。
誰も何も警備していない状況は、本当の姿を求めている者にとっては、実は素晴らしい記事になる。
隣り合う両国の関係を示す、重要な、しかし単純化された映像が欲しければ、なじみの「ホットスポット」がある。メディア報道でよく目にするのは、国境の両端、丹東・図們(ともん)の市街周辺にある、注意深く監視され、厳重に要塞化された一帯だ。無機質な風景に、中国人観光客の姿が少しばかり彩りを添えている。
その中間には、北朝鮮側ではほとんど暗闇が占め、中国側にも何もなく冷涼な地帯が延々と続く。人っ子一人見かけることのない道を何時間も走るあいだに、明るい小さな国境の町や、ほぼ中断された中朝の特別プロジェクト跡が現れるだけだ。完成半ばの河川ダム、ゴーストタウン化した経済特区、どこにもつながらない橋梁などだ。
 4月12日、中国と北朝鮮の国境地帯にある高いビルの屋上に据えられた双眼鏡を覗くと、向こう側からゆっくりと2人の女性が橋を渡ってくるのが見える。2017年11月撮影(2018年 ロイター/Damir Sagolj)
国境フェンスの非常に近いところを走っていると、北に進むにつれて、あらゆる種類の監視カメラや、ハイテクを駆使したセンサー付きの恐ろしげな何重もの有刺鉄線のフェンスが、次第に、錆びたワイヤーを使った目の粗い素朴なフェンスへと変わる。それは、ボスニアの村落地帯、人里離れた自治体の境界で目にしたものに似ていた。
ある場所で主要道路を外れて運転していると、完全に役立たずの状態になったフェンスを見かけた。有刺鉄線が曲げられ、ボロ布を巻き付けて、大人でも容易にすり抜けられる。その向こうの川岸には3艘の小舟があり、すぐにでも乗せてくれそうに見えた。もっとも、この季節には水は固く凍っており、歩いて渡ろうと思えば渡ることもできる。
向こう側は、深く、いつまでも続く完全な暗闇だ。その静寂を破るのは、ときおり未舗装の道を走ってくる自転車とそれを追う犬、凍った川からバケツで水をくむ兵士くらいだ。こうした人影は、首都の平壌郊外を旅したときに目にした人々と同じように、単独行動で、荷物の重さに耐えつつ、前方の足元を見つめていた。
凍てついた平原を走り、今にも壊れそうな家屋の並ぶ村落や、小さく薄汚れた工業都市を通過するあいだ、誰かが実際に交流している姿を見ることはめったになかった。2人の女性が喧嘩していたのと、真新しい赤いブーツを履いた3人の可愛らしい少女が、水汲みをしながら遊んでいるのを見かけたくらいだ。
そして、これも北朝鮮側だが、まったく意外で理解に苦しむ場面に遭遇した。臨江市郊外の曲がりくねった道が山地に向かう場所で、腰まで川の水に漬かった人々を見たのだ。恐らく20人ほどの男性グループで、オレンジ色の奇妙なゴムのスーツを着ている。まるで昔の低予算SF映画に出てくるような代物だ。私たちはすぐに車を停め、後部座席から最も焦点距離の長い望遠レンズを取り出した。
地元の人に聞くと、北朝鮮人だという。国境の向こう側では、警備兵が男たちの作業を注意深く監視しているのが見えた。私が夢中になって写真を撮っているあいだ、同僚記者が中国人に、彼らが何をやっているのか尋ねると、砂金を探しているのだと教えてくれた。
その場で確認することは実際不可能だったので、半ば凍りかけた川で何かを探している人たちの写真を撮るだけにとどめ、あとでさらに調査することにした。その後、専門家や文献により、鴨緑江では実際に砂金採取が行われていることが分かった。
すると、砂金を探しているという話は本当だったのかもしれない。北朝鮮の当局者に、金正恩一族のための贅沢品調達を担当しているという「朝鮮労働党39号室」が、砂金採取事業を行っているという推測が正しいかを問い合わせたが、回答は得られなかった。
北朝鮮側には砂金があるのかもしれないが、中国側も非常に明るい照明で輝いていた。臨江を筆頭とするいくつかの街は、どこが一番きらびやかな、あるいは風変わりなライトアップかを、競い合っているようだった。中国が暗い時代を抜け脱して実現した成果を、国境の向こうの人々にしっかり見せたいと願っているかのようだ。
一面の氷を隔てて、臨江市の川に浮かぶ島には、北朝鮮側に向けられた巨大な映写スクリーンがあった。画面には人民解放軍の宣伝ビデオが流れ、国境地帯の混乱につながりかねない活動を禁止する警告メッセージが放映されていた。
そは重要な事実を示している。中朝の国境は穴だらけのような印象を受けるが、だからといって、中国が多少なりとも警戒を怠っていると判断するのは早計だということだ。
肉眼では察知できない熱源センサー、監視衛星などはさておき、道路脇や上方には随所にカメラが設置されており、戦略的に配置された検問所には、重武装の兵士が常駐している。
中国系オーストラリア人女性記者とボスニア人男性カメラマンという組み合わせが奇妙なカップルにみえたのかもしれない。検問所のたびに警察に停止を命じられた。身元確認を終えると、問答無用ですぐにそこから追い出された。つまり、写真を撮ろうと、ウロウロするなということだ。
そのため、国境の中間あたりにある貧しく未開発の地域については取材できないまま終った。「何か深刻な事態が起きた場合に」想定される北朝鮮からの難民流入を防ぐため、中国が軍事拠点を築いているという語る人々もいた。
自分たちの任務は秘密だ、兵士たちはそう語った。
(翻訳:エァクレーレン)

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab