コラム:解散総選挙の大義名分に一理あり=加藤隆俊氏

コラム:解散総選挙の大義名分に一理あり=加藤隆俊氏
本稿は、ロイター日本語ニュースサイトのアベノミクス特集に掲載されたものです。写真は著者提供。
加藤隆俊 国際金融情報センター理事長/元財務官
[東京 29日] - 今回の衆院解散総選挙は、北朝鮮情勢の緊迫化とタイミングが重なり、政治空白の懸念は残るものの、安倍晋三首相が少子高齢化の進展で避けて通れぬ社会保障問題を争点の1つに掲げたのは、前向きに評価できると考える。
確かに安倍首相が国民に信を問う根拠として語った消費増税の使途見直し(増税分の一部を幼児教育無償化などの財源に振り分ける方針)は、一部の有識者が指摘するように、借金返済に回す額が減るという意味で、次世代へのツケ回しの面もある。
だが、子供の教育費負担は、現役世代が直面している大きな不安の1つだ。ともすれば「社会保障=高齢者向け医療・年金」と捉えられがちなところ、「全世代型社会保障」というくくりで、不安解消に向けて政策資源を投じるという公約は、社会保障の受益と負担に対する若い世代の当事者意識を高めるという点において、意味のある切り口ではなかろうか。
また、8%から10%への消費増税は過去2回も延期された経緯から、「2度あることは3度ある」がごとく、2019年10月の実施も先送りされるのではないかとの見方が広がっていた。しかし、安倍首相が社会保障の安定財源として、消費増税分の活用の必要性にはっきりと言及したことで、そうした臆測をいったん封印できた点は良かった。
確かに、その後の報道機関とのインタビューで、リーマン・ショック級の事態が起きれば3度目の消費増税見送りもあり得ると首相が相変わらず示唆していることは気掛かりだ。加えて、そもそも2%の消費税率引き上げだけで財政再建のめどが立つわけでもない。少子高齢化の進展で2020年代に日本の財務状況が一段と厳しくなることを考えれば、プライマリー収支黒字化の達成時期を若干先送りすることはあっても、放棄することはあってはならない。
<10年後の日本を支える産業創出が急務>
もう1点、安倍首相が解散表明会見で述べた「生産性革命」は、5年後、10年後の日本を考えたときに、不可欠と言えるものだ。残念ながら、安倍政権を含めて、これまで歴代の政権がこの課題に真正面から向き合って、そのために必要な政策をスピーディーに打ってきたかと言えば疑問であり、今度こそ政治の有言実行が求められる。
特に大きな課題は、少子高齢化を背景とする働き手不足の解決だ。日本の生産性上昇率は米国に対して、足元でさほど劣っているわけではないが、労働投入量は今後も米国が就業者数の拡大に支えられてプレスの寄与を維持する一方で、日本では2040年代にかけて毎年1%近く低下していく見通しだ。日本の潜在成長率はこのままでは主要7カ国(G7)の中で格段に見劣りすることになりかねない。
そうした状況を避けるためには、定年延長や女性の就労拡大、出生率の改善、そしてAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などを駆使した省力化投資の促進が欠かせない。また、自由貿易協定(FTA)網の拡大に伴う国内の構造改革が急務である。
幸い、日本経済は現在、好調であり、企業収益は拡大し、有効求人倍率もバブル期をしのぐほど高く、家計のセンチメントも改善している。10年後の日本を支える新たなビジネスや企業を育てる基礎的条件は整ってきている。
ちなみに、世界の有力企業の時価総額ランキングを見ると、アマゾン・ドット・コムやグーグル、フェイスブックなど四半世紀前には存在していなかった米国企業が上位に数多く名を連ねている。日本はなぜ、そうした新しい潮流を生み出すことができなかったのか、課題を直視し、次のイノベーションの波に乗り遅れないようにしなければならない。
それができなければ、半導体や液晶など電機産業を襲ったのと同じ苦難が、自動車産業を襲わないとも限らないだろう。電気自動車や自動運転技術の台頭は、日本の産業界にとって、チャンスであるとともに、大きなリスクでもある。
もちろん、企業側の努力だけでなく、政府も新規ビジネス創出に適した競争環境を政策的に誘導していく必要がある。米国や欧州さらには中国政府の意欲的な取り組みに比べ、日本はややダイナミズムを欠いているのではないか。
<日銀緩和の拙速な転換は禁物>
最後に、金融政策について言い添えれば、米連邦準備理事会(FRB)に続き欧州中銀(ECB)も正常化プロセスに近く着手する見通しが広がっていることから、日銀も右へならう必要があるとの意見も増えているようだ。
しかし、日本はインフレ面で2%に遠く及んでいないことを考えれば、金融政策フレームワークの拙速な転換は禁物だろう。市場は今も日銀の2%インフレ目標継続を前提に動いており、少しでもそれが崩れれば、大きな変動が起こる可能性がある。
来年4月に任期満了を迎える黒田東彦日銀総裁の後任人事をめぐって市場のボラティリティーが高まる可能性も否定し得ない。FRBやECBの例も参考にして、できるだけ前広に市場にシグナルを送ることが特に求められよう。
なお、FRBについては、足元の米経済の堅調さを受けて、政策の正常化を粛々と進めていくことが期待される。フィッシャー副議長が退任し、仮にイエレン議長まで来年の任期満了で退く事態となれば、議長を含むFRB理事ポスト7席のうち、現在空席の3つを含む5つまでもが、トランプ政権の任用者によって占められることになる。雇用の最大化に新体制のFRBの政策志向が過度に向けられることはないのか、注視していく必要があろう。
*加藤隆俊氏は、元財務官(1995─97年)。米プリンストン大学客員教授などを経て、2004─09年国際通貨基金(IMF)副専務理事。10年から公益財団法人国際金融情報センター理事長。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムとアベノミクス特集に掲載されたものです。(here
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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