コラム:北朝鮮の金正恩氏が描く危険な「核ゲーム」
Peter Apps
[14日 ロイター] - 75年前の1942年10月3日、バルト海に面したペーネミュンデにあるドイツ軍射撃場からV2ロケットのプロトタイプが発射され、高度84.5キロメートルに到達した。一部の定義によれば、これが宇宙空間に達した初の人工物体である。
当時は第2次世界大戦の真っただ中であり、米国も参戦し、すでにナチスドイツとそれを率いたアドルフ・ヒトラーに不利な形勢に傾きつつあった。しかし彼らは、世界初の弾道ミサイルを完成させ、原子力爆弾の製造競争に勝てるなら、事実上無敵になれると分かっていた。
もしドイツが先に原子力爆弾の製造に成功していたなら、連合国は、西側諸国の多くの都市を、広島や長崎のような破壊に導く危険を冒すよりも、講和を求めざるを得なかっただろう。
他の世界にとって幸いなことに、そのような能力をヒトラーが得ることはなかった。だが、これは北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が肝に銘じた教訓のように思われる。
7月4日と同28日に実施された新型中距離弾道ミサイル「火星12」の発射実験は、アメリカ本土を核戦力で攻撃するという、これまで米国のごく一握りの敵しか夢見たことがなかった能力を、正恩氏が手に入れようとしている危険な状態にあることを示している。
これはまだ先の戦略的な大転換であり、米国防関係者の多くが長らく予期していたことである。北朝鮮の大陸間弾道ミサイルがどの程度の精度なのか、同国や米国の当局者が本当に把握しているかは疑わしい。疑問の1つは、地球を3分の1周できるロケット飛行が可能か、という点だ。また、ミサイルを都市に命中できるのか、その弾頭が実際に爆発するかを確実に知っているかについても、疑問が残る。
北朝鮮の実験プログラムが進むにつれ(放棄する兆しはほとんど見えない)、こうした疑問の答えが浮かび上がってくるだろう。すでに米国防情報局(DIA)は、北朝鮮がロケットに搭載可能な核弾頭の小型化に成功したという仮定のもとで活動していると伝えられている。
北朝鮮ロケットの進化はさらに明白だ。最近行われた2発の発射実験のビデオ映像を英国際戦略研究所(IISS)が分析したところ、ロケットエンジンは、旧ソビエト製で1990年代以降ロシアが使用をやめたものが基になっているという。
北朝鮮がいかにして、そのような技術を予想より早期に入手できたのかは不明だ。ロシアやウクライナの管理の甘い軍備品であったり、違法なネットワークによって入手した可能性が最も高いと、IISSは述べている。しかし重要なのは、これがとりわけ高度な技術ではない、という点だ。北朝鮮でまだ実用段階に至っていないとしても、(旧ソ連の科学者たちも手助けしていると思われる)まもなく修正されるだろう。
言うまでもなく、ロシアは少なくとも1950年代から、米国本土に甚大な被害を与える能力を持っている。大戦後、ドイツの研究施設に押し寄せた米ロ両国は、その技術と、それを開発した専門家たちを奪い、さらに進化させた。中国も1960年代以降、米攻撃が可能だ。
ロシアと中国が持つ米本土攻撃能力は、米国の外交的・軍事的選択肢を再定義させた。とはいえ、広く言えば、中ロとも米国同様、責任ある超大国と主に見なされている。冷戦時代の恐怖とパラノイアにもかかわらず、「相互確証破壊」の脅威によって秩序を保つことが可能になるとの考え方が、しばしば一般的に見られた。
正恩氏の場合、それほど確信が持てない。それは、北朝鮮の若き指導者が一方的で、予期せぬ攻撃をやみくもに仕掛けてくると思われているからではない。攻撃を自ら仕掛ければ自身の体制崩壊を招くと、彼は知っている。核プログラムの狙いは常に自らの支配体制を守ることにあり、劇的な変動でその早期終焉を招くことではない。
だが、もし北朝鮮の独裁政権にほころびが見え始めれば、その問題が浮上するだろう。政権崩壊が差し迫っているということを信じる理由は特にないが、それに対する圧力は強まる一方だろう。
核能力が強まるほど、世界は北朝鮮の政権存続を認めざるを得ないとの考えに傾くだろう、と正恩氏は期待しているようだ。だが、その逆もあり得る。北朝鮮のミサイル発射実験成功を受け、国連安全保障理事会で今月全会一致で採択された決議によって、同国への経済的重圧はとりわけ増すことになる。実験にいら立つ中国も、北朝鮮の石炭や鉄といった特定の製品輸入を禁止するなど、圧力を強めている。
一方、米国では、北朝鮮を積極的に不安定化する試みを強化するよう政府に求める声が高まっており、正恩体制を弱体化しようとする一部韓国の動きを支援している。
問題は、他国が触発したものであろうとなかろうと、どのような革命、あるいは革命以外の状況がもたらす金一族支配の終焉も、高まる核の脅威によって一段と危険が伴うということだ。
筆者は今年、北朝鮮の現体制が崩壊した場合に起こり得る事態を検証する委員会の議長を務めた。元米高官も参加した委員会の結論は、正恩氏が失脚あるいは殺害されると感じた場合、ほぼ間違いなくミサイルを発射。日本が標的になる可能性があり、到達可能であれば、米本土を狙うという厳しいものだった。
日本と韓国に配備された米国の対弾道ミサイルシステムは、こうしたリスクに対して瀬戸際で防衛するものだ。しかしながら、こうした技術は依然として初期段階にある。すさまじいスピードで落下してくる弾道ミサイルを撃ち落とすことは、不可能ではないとしても困難である。ミサイルが複数なら、なおさらだ。
トランプ大統領による「炎と怒り」警告や軍事的解決の「準備万端」発言によって、北朝鮮に対して米国が先制攻撃を仕掛けるのではないかとの憶測が浮上したが、それはこうした状況によって説明がつく。そのような選択肢が考えられる、これが最後の時かもしれないとの実感を米国家安全保障の上層部の多くが抱いている。他方、すでに時遅しと考える人たちもいる。
朝鮮半島における非核戦争リスク、とりわけ北朝鮮が通常兵器を使って韓国首都ソウルを攻撃する危険性は、過去3代のクリントン、ジョージ・W・ブッシュ、オバマ大統領に、北朝鮮に対する軍事行動を思いとどまらせた。トランプ大統領が同様の計算をするうえで、最近のミサイル発射実験がより大きなプレッシャーを与えることはほぼ間違いない。
この特異で予測不可能な大統領が、どちらの方向に向かうのかは、彼自身でさえ、まだ分からないかもしれない。国家安全保障チームから根深く相反する助言を受けているかもしれない。もし攻撃を選択すれば、間違いなく、単に国内の政治問題から目をそらそうとするものだとの非難の声が上がるだろう。
もし惨事が本当に起きれば、米国は行動したことを、あるいはもっと早く行動しなかったことを後悔するだろう。ただ実際には、米国がこのような状況に直面することは避けられないのが常であったとも言える。本当に驚くべきは、これほど長く時間を要していることなのかもしれない。
*筆者はロイターのコラムニスト。元ロイターの防衛担当記者で、現在はシンクタンク「Project for Study of the 21st Century(PS21)」を立ち上げ、理事を務める。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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