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【日本観光ブームに湧くタイ】日本に不法滞在していたタイ人たちはいま…

 2013年7月1日から、日本がタイ国民への査証免除(15日間まで)を開始したことで、いまタイでは俄に「日本観光ブーム」が盛り上がっている。今年2月に開催された札幌雪祭りは、まるで国際的なイベントかのようにタイでは話題に上っていたし、タイ人の日本人気に火がついているのだ。  そんな矢先の10月下旬、タイでビザ免除が2014年1月をもって終了するという噂がたった。ビザ免除を利用して入国したタイ人のうち6000人が不法就労していることを日本政府が問題視したからだという。  すぐさまタイ政府も日本大使館も噂を否定し、ビザ免除継続という声明を出した。さらに無料新聞「ニュースクリップ」も、10月23日付記事で大使館からの情報として『日本政府観光局(JNTO)によると、日本を訪れたタイ人は1-8月が前年同期比60%増の25.6万人、8月が前年同月比102%の2.4万人と急増中』であり『不法就労の実数は1000人以下』と掲載した。  20年前であれば日本への出稼ぎ話はどこでも聞いた。しかし、日本経済の停滞もあって、近年はめっきりそういった話はなく、せいぜい風俗嬢が単価の高いシンガポールに行くという話しかない。景気のいいタイ国内で働いた方がリスクも少なく儲かり、賃金は低くても物価が安いので貯金ができるのだと多くのタイ人が気づいたからだろう。  実際バンコクの日本人向けクラブで働く女性たちもビザ免除のことは知っている。 「旅行では行きたいけど、働くのならタイ」  と言い、不法就労は考えてもいない。
タイ,不法滞在

「日本のほうが友達がいる」と寂しそうに語るワンさん

 しかし、タイ東北地方の街にあるバーで働いていた推定四十代半ばのワンさんは「このチャンスに日本で働きたい。生活が安定するまでの資金さえあれば知り合いもいっぱいいるし……」と言う。  実は彼女は茨城県で就労し強制送還をされた経験がある。17歳のころに親戚を頼って観光ビザで訪日。そのまま近所のスナックなどで働き、およそ10年前に入国管理局に捕まり、強制送還になった。  タイでのワンさんは、いまだ独身で子どももなく、若いときになんのスキルも身につけられずにいたため、いわば底辺にいる。そんな彼女は、日本に行けば友人や常連客の自宅など、帰る場所があるのだと信じているのだ。華やかだった日本に戻りたい、と目を輝かせた。  タイ北部出身でバンコク在住のトイさんは40代後半の男性で、現在は日系企業のバイク便として働く。トイさんはスコータイ王朝時代に王に仕えた一族の末裔で、親戚はバンコクの一等地に大きな土地を持つが、トイさん自身はそこの一部屋を借り、これといった財産はない。  彼もまた日本のバブル期に山梨県の中小企業に雇われて訪日。最初の1年間はビザが支給されたが、長野県の鉄線工場に転職してから11年間、不法滞在を続けた。違法に滞在していたとはいえ、トイさんはバブルの恩恵で給料もよく、安定した生活を送れた。そして車を買い、暇なときに白タクを始めた。これが間違いだった。  ある日、密告によりトイさん宅に入管が訪問。11年という悪質な不法滞在だったからか、トイさんはアパートに帰ることも許されず、すべての財産を回収できないまま強制送還された。  先のワンさんはやや状況が違い、送還前に宝石やわずかな貯金なども回収させてもらい、成田を出発する際は「一応凱旋帰国できるか」と胸を撫で下ろしたそうだ。  しかし、現実は厳しい。回収した宝石類はすべてタイの入管で巻き上げられた。強制送還という後ろめたさにつけいり法外な値段で返却すると持ちかけられた。ワンさんには取り戻すだけの現金はなかった。(※筆者注:ただしこれは関税の対象になったものをワンさんが勘違いしている可能性がある)
タイ,不法滞在

夫の出稼ぎで購入したものの、実弟の博打による借金のカタに失ってしまった自宅の前に立つモンさん。夫は、この家に一度も住むことはなかった

 バンコクの小さなアパートでモンさんの夫もまた、不法滞在していたことがある。バブルから2005年まで約20年間、宇都宮近郊でタイ人向け商店を営んでいた。20年近くも電話と手紙だけの夫婦生活を続けた後、夫は病気を患ったものの不法滞在故に病院に行けず、下半身不随となって帰国することになった。商店は仲間たちに奪われたという。  モンさんはせめてもの罪滅ぼしに寝たきりになった夫を介護をしている。なぜなら、夫の仕送りで買った家も車も貯金もすべて、彼女と夫の弟夫婦が賭けトランプで失ったからだ。夫の弟は店の権利を奪い返そうと日本行きを目論んだが、ビザが取れなかった。そして、ギャンブルの負けで抱えた借金から逃げ、音信不通となった。  日本から強制送還されたという者で成功者はまずいない。ましてや今などは景気の悪い日本だ。多くのタイ人が考えるように、タイで働いて稼いだ方がよほどいい。ビザ免除を不当に利用するよりも、観光で訪れて日本の素晴らしさを味わって帰ってもらえたらと願う。 <取材・文・撮影/高田胤臣>
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