アングル:香港デモ、逮捕された7000人の不安な未来

Jessie Pang Mari Saito
[香港 23日 ロイター] - デレク・タイさんが香港立法会の周辺で逮捕されたのは、昨年7月だった。数百万人規模が参加する反政府行動が始まったばかりのころだ。
哲学を専攻し、物腰の柔らかい21歳のタイさんは逮捕から5カ月後、違法に集会を開いた容疑で起訴された。最長で禁固3年の刑がありうる。過去には、複数の被告が禁固8カ月を宣告された判例がある。
「起訴されるなんて思っていなかった」と、タイさんは言う。今年ドイツに留学する計画だったが、仲間の多くと同様、実刑を科される可能性に直面し、香港での将来も見通せなくなっている。
大量の逮捕・起訴、大幅に遅れる審理スケジュール、再逮捕された場合に即座に投獄される可能性を伴う保釈条件──。タイさんのような抗議参加者は、今後の人生設計を考えることもできない状況に置かれ、再び抗議活動に参加する意欲も失いつつある。
<逮捕者は7000人規模に>
後に撤回されることになる条例案をめぐる7カ月に及ぶ混乱のなかで、逮捕された抗議参加者は7000人以上に達している。先日、香港警察トップのクリス・タン警務処長が香港区議会に報告したところでは、そのうち起訴されたのは1092人。
タン警務処長によれば、すでに判決を受けたのはわずか12人で、最長は、火炎瓶を所持していた抗議参加者に下された禁固14カ月だという。
学生が40%を占める逮捕者は、暴動、放火、武器保持など多くの容疑をかけられている。抗議参加者が最も重い容疑の1つである暴動で有罪となった場合、最長で禁固10年の判決を受ける可能性がある。
タイさんは、起訴されたことを母親に伝えていない。母親は中国本土で暮らしており、息子がなぜ抗議行動に参加して逮捕されたのかを理解できなかった。
「母はがっかりしていた。(略)私には逮捕などされずに、もっとできることがたくさんあるだろうに、と考えている。中国本土の親戚は、私が暴徒だと思っている」と、タイさんは言う。
タイさんは、気分が落ち込むたびに、お気に入りの中国人思想家のことを思い出そうと努めている。
「勇気が湧いてくる」と、タイさんは言う。「彼らは特に、何が正しく何が間違っているか見分ける能力が自分にはある、と気づかせてくれるから」
タイさんは、逮捕された抗議参加者が単なる統計上の数字になってしまわないよう、自分の裁判が世間の話題になり、フルネームで報じられることが重要だと感じている。
<大量逮捕はデモ参加者への抑止力>
抗議のデモや集会の際に、警察は何十回も大量逮捕を繰り返してきた。ろくな証拠もない場合が多いという批判もある。だが、有罪に導ける訴訟を構築するのは、香港の司法部門である律政司に任せきりだ。
今年1月1日に行われたデモ行進では、警察が公式に禁じられたイベントの解散を命じたことで街頭での衝突が発生し、400人以上の逮捕者が出る事態となった。
抗議参加者や人権団体は、大量逮捕は抗議参加者に対する強い抑止力になっていると指摘する。保釈中に再逮捕されれば、判決が出るまで拘置されるリスクがあるため、法的に認められた集会に出席することも躊躇(ちゅうちょ)してしまう可能性がある。
香港警察は政治的に中立であるとして、警察官が逮捕に踏み切るのは、誰かが法律に違反していると疑われる場合のみであると主張している。警察はロイターの電子メールでの質問に対し、逮捕や起訴に際して、逮捕者の政治信条が問題になることは一切ないと回答した。
<厳しい保釈条件、起訴の不安も重荷>
香港の法律のもとでは、逮捕者が起訴なしに勾留される期限は48時間である。ほとんどの抗議参加者は保釈されているが、支援者によれば、裁判所は、香港域外への旅行を禁じるなど保釈条件を厳格化している。
香港の人権コンサルティング会社ライツ・エクスポージャーの共同創業者ロバート・ゴッドン氏は、昨年11月に警察が包囲する香港工科大学で人権監視活動を行っていたところ、同僚とともに逮捕された。
同氏は尋問を受け、16時間にわたって勾留された後、保釈を認められた。
これまでのところ、ゴッドン氏は起訴されていない。香港警察は、個別の事案についてはコメントを控えるとしている。
「不安感がのしかかってくる。明日にでも当局が弁護士に連絡してきて、あれこれの容疑で起訴することを決定した、と告げるかもしれない」と、ゴッドン氏は言う。「そういう不安は背景でざわめいているだけだが、ときおり大きく響いてくる」
起訴されるかもしれないという不安は、人権擁護活動や政治活動に対する萎縮効果を発揮していると、ゴッドン氏は話す。
人権団体シビル・ライツ・オブザーバーによれば、同団体のボランティアが3人、1月1日のデモ行進の監視活動中に警察に逮捕された。
やはり1月、香港は人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの国際代表による同市訪問を拒否した。国際代表は、香港で同団体の年次ワールドレポートを発表するため、香港に向かっていた。香港の入国管理当局は、個別の事案についてはコメントを控えるとしている。
<「多くの被告に対応できていない」>
弁護士や人権活動家によれば、膨大な逮捕者が出たために裁判所にも負担がかかっているという。
タイさんを含め、逮捕された抗議参加者10人の弁護を受任している弁護士バニー・ラウさんによれば、すでに多くの弁護士が25件の弁護を引き受けているという。25件というのは、弁護費用を払えない被告に関して政府が補助を支給する上限である。
ラウ氏によれば、裁判所での審理が通常の業務時間を超えて長引くことは珍しくなく、暴動容疑の96人に関する審理は午後4時半から午後10時半まで続いたという。
「司法当局でさえ、これほど多くの被告に対応できていないという証拠だ」と、ラウ氏は言う。
香港の裁判官として最高位にあるジェフリー・マー首席法官は、香港・中国本土の弁護士が参加するイベントの席上、多数の未決事件があることを認め、大半の事件はまだ審理の準備さえできていないと指摘した。
マー首席法官は、裁判所が処理を加速する方法を検討するため、特別チームが設けられたと話している。
ロイターは律政司にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
<裁判情報サービスに利用殺到>
活動家たちは、膨大な未決事件の推移を追うため、独自の方法を編み出している。メッセージアプリ「テレグラム」上の「You are not alone HK(香港は独りではない)」と題するチャンネルでは、抗議関連の審理に関する概要・最新情報をリアルタイムで提供している。昨年8月に解説されたこのチャンネルは、すでに5万人以上の購読者を抱えている。
チャンネルの運営に関わる14人のボランティアは、裁判傍聴の行列に並び、被告の家族、支援者、弁護士のために文字起こしサービスを行っている。グループ運営を手伝っているボランティアの1人によれば、すでに1000人もの被告が絡む100件以上の審理を伝えてきたという。
香港警察は12月、抗議参加者の裁判費用を集めるための募金活動を行っていた組織スパーク・アライアンスのメンバーを、資金洗浄の容疑で逮捕し、寄付金7000万香港ドル(約10億円)を凍結した。
タイさんの裁判費用は、「612人道支援基金」によって賄われている。
<足りない弁護士探しが日課に>
1年前からタイさんと交際しているガールフレンドのアンさんは、彼の逮捕を知ったときの不安を今も覚えている。
タイさんが勾留されている間、「40時間も、時間が止まっているように感じた。泣くこともできず、何も感じなかった」と20歳の大学生であるアンさんは言う。「また彼の姿を見ることができて安心したが、それが始まりに過ぎないこともわかっていた」。
アンさんは、自分が口を開くことによる影響を心配してファミリーネームは明かさなかったが、タイさんの他にも10人の友人が抗議行動で逮捕されたという。彼らの家族に連絡を取り、弁護士を探すことが彼女の日課になった。
「恐ろしいことに、この状態に慣れ、もう何も感じなくなり始めている」と、彼女は言う。
タイさんの次回の審理は3月に予定されている。刑務所で何カ月、あるいは何年過ごすことになるか分からないため、タイさんはアンさんに、新しい人生に踏み出してほしいと言ってある。
<長期の牢獄暮らしを覚悟>
「私を待つべき責任は、彼女にはないと思っている」と、タイさんは言う。
香港中文大学で受ける講義は、アンさんにとって気分転換になっていたが、それもやがて抗議行動のために休講になってしまった。タイさんの最初の出廷となる11月8日を前に、彼女はついに2週間寝込んでしまった。
「すべてが起きる前、自分の生活のなかで彼の存在がどれほど大切か分かっていなかった」と、アンさんは言う。「彼がいつもそこにいてくれるという事実に慣れっこになっていた」。
被告やその家族らは、これからも抗議を続けていき、その大義のために何カ月、あるいは何年も牢獄で暮らす覚悟はできている、と言う。
「何千人もの抗議参加者がすでに起訴されており、誰かがこの責任を担わなければならないと分かっている」と、タイさんは言う。「私たちの何人かはその責任を取らなければならないし、それがたまたま私だということだ」。
(翻訳:エァクレーレン)

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