コラム:米レポ金利高騰、その意味を探る=井上哲也氏

コラム:米レポ金利高騰、その意味を探る=井上哲也氏
 9月30日、米国でレポ取引(国債等を担保とする短期資金の取引)の金利が高騰した。そのタイミングが、折り悪く金融政策を決定する9月の連邦公開市場委員会(FOMC)と重なったこともあって、現地の市場で様々な波紋を呼んでいる。写真は首都ワシントンのFRB本部。2018年8月撮影(2019年 ロイター/Chris Wattie)
井上哲也 野村総合研究所 金融イノベーション研究部主席研究員
[東京 30日] - 米国でレポ取引(国債等を担保とする短期資金の取引)の金利が高騰した。そのタイミングが、折り悪く金融政策を決定する9月の連邦公開市場委員会(FOMC)と重なったこともあって、現地の市場で様々な波紋を呼んでいる。
その直接的な理由については、既に幅広く報道されているように、連邦政府による税金の収納と国債発行に伴う資金決済が重なった点にある。これらはいずれも、連邦準備銀行(FED)に置かれた民間金融機関の当座預金から、連邦政府の当座預金への資金の振り替えを伴うため、民間銀行による資金繰りに使用できる資金の量が減り、金利に上昇圧力がかかった訳である。
しかし、レポ金利が最初に高騰した9月中旬の時点で、民間金融機関は1.4兆ドル弱の超過準備(預金準備の制約を受けることなく裁量的に運用しうる資金)を抱えていただけに、上記のような要因だけで金利の高騰を招くというのは奇妙でもあるし、しかも連邦政府による資金の引き上げは、十分に予見できた点とも整合的でない。
筆者は9月の最終週にニューヨークを訪問したが、その際に現地の市場関係者が共通して指摘した理由は、世界金融危機後の規制強化に伴う影響であった。
1つ目の要因は、米国でも既に導入されている流動性比率規制(LCR)に関連する。LCRの下では、余裕資金を銀行間市場で運用するよりも、中央銀行であるFEDの当座預金に置いておく方が規制上の比率は好転する。
2つ目には、自己資本比率規制の中で「グローバルな金融システムで重要な金融機関(G─SIFI)」に課される付加的な自本資本賦課(Capital surcharge)の算定においても、同様に銀行間市場での運用は不利に扱われる。
つまり、これらの規制による諸比率を集計する各四半期末にかけて、民間金融機関にはデータを良く見せるべく、余裕資金をFEDの当座預金に抱え込んだままにするインセンティブが強く働く訳である。
加えて米国の大手金融機関は、いわゆる「ドット・フランク法」の下で自己勘定によるマーケットメイクには総じて消極的になっている。こうした結果、市場全体では巨額の超過準備が存在しても、実際に取引される金額が少額になることで金利に上昇圧力が生ずることになる。
<連邦準備銀行の対応>
もちろん、FEDもこうしたメカニズムを十分に理解していると思われる。実際、パウエル議長も9月のFOMC後の定例会見において、短期的な要因な要因だけでなく、構造的な要因に関しても流動性比率規制に言及するかたちで説明した。
もっとも、FEDが9月の最終週を中心に実際に講じた対応は、レポ市場での数百億ドル規模という巨額のレポオペ(資金供給)を連日実施することであり、とりあえず10月初めまでこうした措置を継続することが表明されている。FEDはいわば対症療法のみで対応しており、市場の資金調節を専門的に担当するニューヨーク連邦準備銀行のウイリアムス総裁は、こうした対応で十分との考えを再三にわたって強調している。
確かに構造的な要因が金融規制の強化にあったとしても、それだけの理由で金融規制を修正することは現実的とは言えず、FEDがまずは対症療法に依存せざるを得ないことにも仕方がない面がある。
一方で、四半期末ごとに短期金利が高騰するリスクが存在し続けることは、金融システムの安定の観点からは、決して望ましいこととは言えないし、起点が米国内の金融市場であったとしても、日本を含む海外のプレーヤーにとって、ドル資金調達の場である為替スワップの利回りも含めて、裁定を通じて幅広い金融市場に影響を及ぼすことも考えられる。
金融政策に焦点を絞った場合にも、FEDが市場金利を適切にコントロールし得ないようであれば、利下げの効果が意図通りに波及し得ないことになる。
上記のようにFEDは、レポオペによる資金供給を機動的に行うとしているが、市場関係者からは、今回の対応が後手に回ったことに加えて、金融政策の正常化を開始した時点から生じていた短期金利の上昇圧力を軽視してきたとの批判も含めて、FEDの対応に不信感を示す向きもみられる。
<望ましい対応>
こうした状況を踏まえ、FEDは「定期的な資金供給」を行うべきとの議論が市場で強まっている。具体的には、一定額の国債買い入れ復活による資金供給を想定する向きが多い。
実は、FEDも今年3月のFOMCでバランスシート縮小を今年9月末に停止することを決定した際に、こうした対応を検討しており、この点はFOMCの声明文(バランスシートの運営方針)から明らかである。
しかし、市場関係者のこうした議論にも留意が必要だ。なぜなら、今回のような市場金利の高騰は資金の総量が不足しているためというよりも、民間金融機関による資金の抱え込みによるものだからである。国債買い入れによって資金を供給しても、民間金融機関はそれによって調達した資金をさらに抱え込むだけで、実際に市場で運用される資金の量には、大きな改善が生じない可能性が残る。
もちろん、FEDは資金供給の規模をさらに増やして、民間金融機関による資金需要が飽和する状況を作り出すことは可能であり、そうなれば市場での資金取引が活性化し、金利形成が安定化することも考えられる。
しかし、それはもはや市場金利の安定化のための技術的な資金供給ではなく、大規模な量的緩和そのものである。実は、市場関係者はなし崩し的な量的緩和の復活を期待しているのかもしれないが、少なくとも現在の米国経済の堅調さを考えると適切とは言えない。
しかも、上記のようにFEDが定期的で比較的少額の国債買い入れの復活を示唆したのは、銀行券に対する需要の伸びが想定以上に強いことに対応する面も強いとみられる。つまり、これは長期的な問題への対応として議論されている面が強く、今回のように四半期末ごとに生じうる問題への対応としては、間接的に有用であったとしても、的を射た対応とは言えない訳である。
これらの検討から明らかなように、今回のような市場金利の高騰を抑制する上では、民間金融機関が抱え込んでいる余裕資金について、より円滑に融通されるようにすることが、最も抜本的な対応である。そうした状況さえ実現できれば、現状よりもはるかに少額の超過準備の下でも、FEDが市場金利を安定させることができる。
そのことは、金融危機前の超過準備の水準が、20億ドルを下回るケースが一般的だったことからも明らかである。
そのためには、直接的には金融規制の修正が考えられ、例えば民間金融機関がFEDに保有する当座預金については諸比率の算定上で上限を設けるとか、capital surchargeの算定を四半期末でなく期中の平均にするといった対応がありうる。ただ、本来の金融システム安定との関連で慎重な検討が必要であろうし、いずれにしても時間を要する。
こうした点を考えると、FEDとしては資金供給のやり方に工夫を加えて、例えば、市場での裁定取引に対する制約の少ない主体に資金が回るようにオペの対象先を柔軟に見直すとか、常設のレポ・ファシリティのように民間金融機関に発動のオプションを付与する資金供給の仕組みを導入するといった対応をまず進めることが望ましい。 
今回の問題は、金融危機の際と様相は異なるが、市場機能の低下という点では共通している。従ってFEDには「市場機能の最後の担い手(Market Maker of Last Resort)」としての役割が再び求められている。
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。 
(編集:田巻一彦)
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