コラム:年内ドル102円がメーンシナリオ、世界経済の円高構図続く=内田稔氏

コラム:年内ドル102円がメーンシナリオ、世界経済の円高構図続く=内田稔氏
8月28日、世界経済の減速が懸念される中、世界の長期金利の低下が続いており、日本の対外金利差の縮小が円高を招く構図は続くと内田稔氏。写真は各国紙幣。2016年1月撮影(2019年 ロイター/Jason Lee)
内田稔 三菱UFJ銀行 チーフアナリスト
[28日 東京] - ドル/円は8月26日の朝方、105円台を割り込んだ。トルコリラ/円が1割以上も急落したタイミングとあって、年始のフラッシュクラッシュとも重なる。しかし、今回はじわじわと着実に105円台までドル安円高が進んだ後の動きであり、薄商いの市場の意表を突いた年始の105円割れとは明らかに様相が異なる。
世界経済の減速が懸念される中、世界の長期金利の低下が続いている。日本の対外金利差の縮小が円高を招く構図は続くだろう。とはいえ、米金利の低下幅の割には、ドルは一定の強さを維持している。豪ドルや英ポンド、新興国通貨など他に冴えない通貨が多く、相対的なドル人気が持続しているからだ。このため、円高の矛先は、専ら他通貨へと向かっている。例えば、昨年のピークに比べ、ユーロ/円は最大で約21円(約15%)、ポンド/円は約30円(約19%)、豪ドル/円も約19円(約21%)と、いずれも大幅に下落している。名目実効ベースでみた円高は着実に進行しており、ドル/円のリスクはやはりドル安円高方向だろう。
一方、例年9月も終わりに近づくと、年末越えを意識したドル資金需給の逼迫(ひっぱく)が為替市場にも広がり、ドル円が底堅さを増す傾向もみられる。また、円とドルがそろって弱かった一昨年や、どちらも強かった昨年のドル/円の年間レンジは、それぞれ11円27銭、9円99銭と、小幅にとどまった。
今年もこのまま円とドルがどちらも強さを維持する公算が大きく、年間レンジはまたも10円前後にとどまるとみられる。4月に記録した112円40銭を今年の高値とみれば、年内の安値は102円程度にとどまり、100円割れの攻防は2020年以降に持ち越されそうだ。
<メーンシナリオを崩す上下のリスク要因は>
続いて、このメーンシナリオに対する上下双方向のリスク要因も指摘しておきたい。いずれも可能性は低いとみるが、年内の100円割れをもたらす要因や、逆にドル/円の反転上昇を招く材料だ。
まず、ドル円の下落に弾みが付くとすれば、米国の景気が減速にとどまらず、後退懸念が強まったときだ。この場合、利下げペースが加速するとみられるが、景気の先行き懸念から政策金利と長期金利の逆転現象も当面の間、解消されないままとなろう。株式相場の上値も重いと見込まれ、利下げがリスク選好地合いをもたらすとも考えにくい。ドル金利低下によるドル安と低調な株式相場から生じる円高圧力とが合わさり、ドル円を一段と下押しすると考えられる。
トランプ米大統領の言動も引き続き要注意だ。8月23日、トランプ大統領はツイッターに、「ドルは強いが、連邦準備理事会(FRB)は何もしない。私はいずれにも見事に取り組み、とてもうまくやるだろう」と投稿した。
確かに、ドルの実質実効相場は過去5年間で約2割も上昇しており、トランプ大統領がドル高への不満を募らせている節はある。無論、競争上の優位性獲得を目的とする通貨制度への介入は厳に慎むことが国際社会における紳士協定だ。基軸通貨をつかさどる米国であれば、なおさらその順守を求められる。
とはいえ、トランプ大統領の戦略は、為替を操作する不届き者に対して、正当な自衛手段を行使するとの立場を強調し、ドル売り介入を実行することかもしれない。そう考えれば、8月5日に突如表明した対中為替操作国認定も合点がいく。為替介入を巡っては、7月下旬にクドロー国家経済会議(NEC)委員長がその可能性を否定しているが、大統領選を控えたトランプ氏だけに予断を許さない。
<世界的に財政拡張ならドル円上昇も>
反対に、ドル/円が上昇するなら、それは何らかの要因で世界的に金利が反転上昇する場合だ。
日本は、無制限の指値オペによって金利上昇を封じ込めるとみられ、日本の対外金利差の拡大が円安圧力をもたらそう。
ただし、より注意を要するのは、その場面では、多くの日本の投資家が積み上げた為替ヘッジ付き外債投資の原資産である外債が目減りすることだ。ヘッジ目的のドル売り円買いの契約額が、原資産を上回るオーバーヘッジとなるため、理屈の上ではその差額分だけ反対のドル買い円売りを迫られ、これが円安の動きを増幅する恐れがある。
これは実際に、2016年11月以降の「トランプラリー」の局面でも観測された現象だ。大統領選後、上下両院で多数派が異なる「ねじれ議会」の解消を踏まえて財政出動を予見した市場では、米長期金利が約90ベーシス・ポイント(bp)も上昇し、ドル買いが活発化。日本の投資家から見た為替ヘッジコストの急上昇もヘッジ外し(円売り)を助長したとみられ、ドル/円は大統領選前日の11月7日から12月15日にかけて約13.1%も上昇した。これは、他の主要通貨はもちろんドル/メキシコペソ(約9.3%上昇)やドル/トルコリラ(約8.7%上昇)もしのぐ上がり方と言え、ドル買いに加え、日本固有の円売りもさく裂したとみるのが妥当だ。
足元では、既にドイツが財政出動に傾きつつある。米国は財政出動への議会承認のハードルが高いが、8月2日に連邦政府の債務上限引き上げと今後2年間の歳出枠を計3200億ドル(約34兆円)積み増す法案が成立している。他の国や地域でも、金融緩和の余地は程度の差こそあれ、今後失われていくとみられる。
無論、緩和マネーが余っている状況に照らせば、金利上昇は抑えられるとみられるが、あくまでもリスクシナリオとしては念頭には置いておきたい。
*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
(編集:山口香子)
*内田稔氏は、三菱UFJ銀行グローバルマーケットリサーチのチーフアナリスト。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。一貫して外国為替業務に携わり、2012年より現職。J-money誌の東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では2013年から18年まで個人ランキング1位。
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