焦点:かつての新星、韓国現代自動車はなぜ輝きを失ったか

[ソウル/デトロイト/重慶 5日 ロイター] - 中国重慶にある人影まばらな韓国の現代(ヒュンダイ)自動車販売店では、大型でより安価なスポーツタイプ多目的車(SUV)といった世界最大の同国市場で人気の車種がなく、客足が遠のいている、と店長が嘆いていた。
たとえ最大25%値引きしても、月間販売台数は100台程度にすぎないと、リーと名乗るこの店長はこぼす。近くにある日産自動車<7201.T>の販売店では、月間販売台数が400台程度だという。
「単純に売り上げが悪い。隣の日産を見てくれ。何十人も客が来ているのに、うちの店には2人しかいない」と、リー店長は愚痴った。
現代自動車<005380.KS>は、ここから車で1時間の場所に総工費10億ドル(1130億円)の巨大製造工場を構えている。年間生産台数30万台を目標に、昨年稼動が始まった。
だが、販売の伸び悩みに、中国市場の急減速が重なり、同工場の稼働率は3割程度にとどまっている。事情に詳しい関係者2人がロイターに明かした。
業界で世界5位の現代自動車は、重慶工場の稼働状況や販売店の売り上げについては触れなかったが、中国事業の回復に向けて、提携先の北京汽車(BAIC)<1958.HK>と「緊密に協力」しているとコメントした。BAICはコメントの要請に応じなかった。
この苦境は、急拡大する市場に素早く安価な人気モデルを投入することで現代自動車が中国進出当初に収めた成功からの劇的な凋落ぶりを物語っている。
2009年には、中国市場における現代自動車と傘下の起亜自動車の合計販売台数は、米ゼネラル・モーターズ(GM)と独フォルクスワーゲンに続く、第3位につけていた。
だが昨年、現代と起亜の合計販売台数は9位に沈み、中国での市場シェアも2010年代初めの10%超から4%へ、半分以下に落ち込んだ。
かつて現代自動車が誇っていた低価格帯モデルにおける市場優位を、吉利汽車(ジーリー)<0175.HK>や比亜迪(BYD)<1211.HK>など急成長する中国メーカーに譲ってしまった、と業界幹部や専門家は指摘する。
一方、海外のライバルメーカーは、高価格帯モデルで優勢を守っただけでなく、大衆市場向けに価格競争力のある自動車を投入し続けることで、現代自動車の「買いやすい外車」という地位を揺るがした。
世界第2位の自動車市場である米国においても、現代自動車のシェアは昨年4%に低下し、この10年で最低水準となっている。
中国や米国で同社が苦境に陥った理由は似ている。それは、SUV人気の高まりなど消費者の嗜好が変化していることに気づかず、ブランドイメージにそぐわない高価格車を追求してしまったことだ、と中国のディーラー4人と現職も含めた米国ディーラー6人、そして業界幹部や従業員は、そう口をそろえる。
現代自動車は、デザインの一新や新型SUV投入、そして地元の嗜好に合った自動車を素早く開発できるよう現地での裁量を拡大するなど、米国と中国という重要市場における問題改善に取り組んでいる、とロイターに文書で回答した。
<間違った製品、間違った価格>
長年、韓国メーカーの「お手本」となってきたホンダ<7267.T>など日本車メーカーも、自動運転車や電気自動車(EV)など業界変化に向けた対応に苦戦している。
先月発表された現代自動車の第3・四半期決算は、純利益が68%減少した。2011年には営業利益率が10.3%と、独BMWに次ぐ高水準を誇っていたが、今年1─9月期は2・7%に落ち込んだ。
主要市場におけるSUVのラインアップが魅力に欠けることも、現代自動車にとって痛手となった。米調査会社オートデータによると、同社の米国販売に占めるSUVの割合は昨年36%にとどまり、GMの76%や業界平均の63%に対して、大きく見劣りする。
「当時も今も変わらず課題となっているのは、(本社)経営陣のセダン重視路線だ」。2004年─08年に米国で同社の製品マネジャーを務め、現在は米カリフォルニア州の自動車コンサルタント会社オート・パシフィックで副社長のエド・キム氏はそう語る。
「(米国の)製品プランニング部門やマーケティング部門の担当者は、トラックやSUVのさらなる投入を切望していたが、多くの場合、経営陣を説得するのが非常に難しかった」とキム氏。
米国事業の最高執行責任者(COO)ブライアン・スミス氏は、同社が市場の急速な大型自動車化に、「やや不意をつかれた」ことを認める。
だが、現代自動車が2020年に投入するクロスオーバー型ピックアップトラックなどの新型SUVによって、売り上げは「緩やかだが確実」に回復するだろう、とスミスCOOはロイターに語った。
同社の市場シェアが、ピークだった2011年の5.1%まで回復するかを質問すると、「何年かかかるだろう」と同COOは語った。
<デザインの平凡化>
現代自動車は4年前、主力セダン「ソナタ」のデザインを刷新する際に、特徴だったスポーティーでしなやかな車体の曲線を取りやめるなど、「平凡化」という重大なミスを犯した。このことが、販売台数が減少する一因となった、と米国のディーラーや現代の元幹部は指摘する。
販売台数で米国最大の現代自動車ディーラーを経営するスコット・フィンク氏は、2014年に同社が米国ディラー約20人をソウルに招き、発表前の新型「ソナタ」を披露した時のことを鮮明に覚えている。
「あれを忘れることはないだろう。布が(ソナタから)取り払われたとき、部屋には20人ほどの人がいたが、拍手した人は1人もいなかった」と、フロリダ州を拠点とするフィンク氏は振り返った。
新型ソナタのデザインは、保守的でありきたりで、ディーラーや消費者にまったく受けなかったと、フィンク氏は言う。
「そして、何よりも、ただの価格競争になってしまった」と、フィンク氏は言う。
ソナタは2007年時点で、トヨタ自動車の人気セダン「カムリ」よりも10%程度安かったが、2014年にはカムリより高くなったと、米市場調査会社Edmund.comは分析。ソナタの米販売台数は、2010年には20万台弱だったが、昨年はわずか13万1803台だった。
現代自動車は、デザイン刷新やフィンク氏の証言内容について、コメントしなかった。
<売り上げ低迷>
一方、ロイターが取材した中国の重慶にある現代ディーラー4店では、今年発売された小型SUV「コナ」の中国モデルである「エンシノ」の売り上げが低調だという。
世界の自動車メーカーは、中国市場向けに仕様を変更し、後部座席のスペースをより豪華に仕上げることが多い。運転手を抱えている購入者が多いためだ。
「エンシノは売れない。単純に、中国市場に合わない」。重慶にある現代販売店のリウと名乗るマネージャーはそう語る。「大半の中国人は、より大きくて、より安くて、より見た目のいい車を好むからだ」
事情を知る関係者によると、現代自動車が立てたエンシノの年間生産台数目標は6万台だった。だが4月の発売以降、6カ月間の売り上げはわずか6000台強にとどまっていることが、当局への提出書類から明らかだ。
若い消費者が増えて市場トレンドの変化が速い中国では、新型モデルの開発期間を短縮すると、現代自動車のKoo Zayong副社長は、最近の決算発表の電話会見で述べた。
同社は8月、中国市場向けモデルの向上に特化した部門を設置した。7月には中国事業の責任者を交代させている。
だが、経済減速と競争激化により、中国事業の回復は「段階的」になる可能性が高いと、同社はロイターに文書で語った。
<父の遺産>
事業再興の重荷は創業家3代目のリーダーとなる鄭義宣(チョン・ウィソン)副会長(48)の肩にのしかかることになる、と同社の社員やディーラー、そしてアナリストは指摘する。
今年9月に総括首席副会長に昇進した同氏は、80歳になる父親の鄭夢九(チョン・モング)会長の後継にまた一歩近づいたとみられている。
品質を劇的に向上し、国内外での生産能力を急速に拡大させて現代を世界の主要メーカーの一角に押し上げた立役者とされる鄭会長は、この2年、公の場や重要社内会議に姿を見せていない。。
巨大な財閥とその中央化された意思決定を一手に握る同会長の下で、現代自動車は他社との提携を避け、鉄鋼からエンジンやトランスミッションなどの重要部品に至るまで、すべてをグループ内でまかなってきた。
一方で、研究開発費用は他社に劣る水準で推移した。現代自動車の昨年の研究開発費は売り上げの2.6%にとどまった。この数字は競合他社であるフォルクスワーゲンの6.7%、トヨタの3・8%、そしてBYDの3・6%と比べて大きく見劣りする。
鄭副会長はこれまでの慣例を破り、スタートアップに投資したり、外部からの人材引き抜きや、自動運転技術を巡る提携にも乗り出している。
現代自動車は昨年、ライドシェアやロボティクス、人工知能(AI)の開発部門を指揮する最高イノベーション責任者(CIO)に、サムソン電子の出身者を起用した。
鄭副会長は、これまでに「つまづき」も経験している。2011年の米デトロイト自動車ショーでは、これまでの「お値打ち品」のイメージ刷新を狙い、新たなブランドビジョン「モダン・プレミアム」を披露、4年後には同社初の高級車ブランド「ジェネシス」を発表した。
しかし、米国では、今年1─10月のジェネシスの販売台数は、前年同期比45%減の9281台と落ち込んでいる
鄭副会長は、インタビューの要請に応じなかった。
現代自動車のブランドイメージは向上しているものの、「まだプレミアムブランドの足元に及ばない」とGMの韓国事業責任者を務めたニック・ライリー氏は指摘する。「そのため、規模を維持するには、価格競争力を追求する考え方に立ち返らなければならないだろう」
(Hyunjoo Jin記者, Ben Klayman記者、Yilei Sun記者、翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

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